第 19 回(2017 年度) 高エネルギー物理学奨励賞受賞者を決定しました。
候補11論文を詳細かつ慎重に審査した結果、
金子 大輔氏 (東京大学)
神田 聡太郎氏 (東京大学)
廣瀬 茂輝氏 (名古屋大学)
の3名を選考しました。 (アイウエオ順)
( )内は学位取得時の所属。
受賞されたお三方に、心よりお祝いを申し上げます。
総評
今年の応募論文は 11 編で、どれも力作であった。研究領域は ATLAS 実験、Belle 実験、t2k 実験、ミュー粒子や K 中間子の希崩壊実験、小型の精密実験であった。
選考では、研究の目的を自分のものとしてしっかり捉えているか、研究の方法を良く理解しているか、結論が明確に引き出され、その物理的意義が高いかなどの観点から選考を行った。博士論文執筆にどれだけの時間が使えるかは、本人の都合だけでなく様々な要素で決まっており、また博士論文を実験のどんなステージにおいて執筆するかは、本人の努力だけでは決まらないことが多いが、その制約条件の中で、それぞれの応募者が全力を尽くしたことが伺える。ただ今回のような論文賞の審査においては、物理的な重要性がより高く評価されることになるのは致し方ない。
受賞には至らなかったが、装置設計から製作、実験の遂行からデータ解析迄の全てに貢献した論文、丁寧な解析で稀崩壊事象を追い、新しい物理の発見を目指した論文など、内容としてはどれも読み応えがあったことを付け加えておく。なお序論における理論的背景の記述が不正確な論文も見受けられた。実験の博士論文とはいえ、自身の研究の基礎となる理論の理解にも十分時間をかけて欲しい。
受賞論文の講評
金子 大輔 (かねこ だいすけ)
The final result of μ+ → e+γ search with the MEG experiment
本論文は MEG 実験におけるμ+→e+γの最終結果を報告した論文であり、フレーバーを破る崩壊の分岐比として、先行実験より 30 倍以上も厳しい Br(μ+→e+γ) < 4.2×10-13 (90%C.L.)を得た。MEG 実験のデータ収集は 2009 年から 2013 年にかけて行われ、筆者は実験装置の組み立てから参加し、検出器の運転保守、較正、データ解析を行い、2016 年に、MEG 実験の全データを使った解析結果を発表する際に中心となって貢献し、特に陽電子の対消滅に因るバックグラウンドの除去法を新規開発するなどして検出感度を改善し、その結果を本研究としてまとめた。
本論文は、物理的位置付けの説明も明確で、全体的に綿密で明解に書かれており、将来的な展望や次期実験計画に関しても筆者の寄与を中心に良く書かれている。委員の中には MEG 実験の 2011 年までのデータを使った解析結果に比較して改善が少ないという意見もあったが、全データを使った最終結果であり、現時点で最も厳しい制限を与えていることを考慮して今回の受賞となった。
神田 聡太郎 (かんだ そうたろう)
Direct Measurement of Muonium Ground State Hyperfine Splitting with High-intensity Pulsed Muon Beam
本論文は J-PARC の MLF において行ったミューオニウム(μ+ e-束縛状態)の基底状態における超微細構造(HFS)の測定研究に関するものであり、世界で初めてパルスミューオンビームを用いてミューオニウム HFS の共鳴を観測した。観測結果Δν= 4.463292(22)GHz は高次 QED の理論計算とよく一致している。測定精度そのものは連続ビームを用いた先行実験に及ばなかったが、連続ビームに起因する本質的な限界をパルスビームを用いて超える可能性を示した。この実験は、大強度のパルスビームの恩恵を最大限享受できる高計数率耐性を持つ粒子検出器の開発によって高精度実験が可能な測定系の構築が基礎となっており、これらは本論文著者の主体的・本質的な貢献によるものである。審査委員の中にはミューオン g-2 の精密実験との関連をもう少し書いても良かったのではないかという意見もあった。本論文は完成度が高く、物理の対象、実験の概要、測定器の詳細と性能試験結果、データ解析、物理結果とその議論の全てに渡って丁寧に記述されている。
廣瀬 茂輝 (ひろせ しげき)
Measurement of the Branching Fraction and Polarization of the τ Lepton in the Decay B → D*τ-ντ at the Belle Experiment
本論文は、B ファクトリーにおける B→D*τν 崩壊の研究である。この崩壊モードは標準模型を超える新物理(例えば荷電ヒッグス粒子の存在など)に感度があることから、崩壊比などの測定がこれまで精力的に進められている。近年では LHCb、BaBar 実験の測定が標準理論の予測からの無視できないずれを示しており、大きな注目を集めている。
本研究では、τ の崩壊にハドロニックモードを使うことで異なるシステマティックスの測定とするばかりでなく、世界でも初めてのτの偏極度測定にもチャレンジしている。これは新物理の兆候にとって重要な情報を加えることになり、大変大きな期待が持てるものである。
いうまでもなくハドロニック崩壊モードは大きなバックグラウンドの混入が不可避でありその解析は困難を極めるが、筆者は様々なアイディアでそれを克服し、前例のないその測定をやり遂げたことは称賛に値する。Belle のデータ量をもってしてもまだその統計誤差は大きく、新物理の判定に大きな制限をつけるには残念ながら至っていないが、系統誤差を十分にコントロールできることを示す今回の結果は、将来の Belle II における大きな可能性を示している。こうした研究の将来展望ついても論文の中できちんと定量化されていることも、この論文を高く評価するポイントとなった。
2017年11月25日
第 19 回(2017 年度)高エネルギー物理学奨励賞選考委員会
片山伸彦(東大カブリ IPMU)、駒宮幸男(東大 理学系研究科)、佐川宏行(東大 宇宙線研)、
幅淳二(KEK)、林青司(東京女子大)、原俊雄(神戸大)、横谷馨(KEK)
事務局
中村衆(KEK)、森隆志(KEK)
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