第 23 回(2021 年度) 高エネルギー物理学奨励賞受賞者を決定しました。
平本 綾美氏 (発表時 : 京都大学, 現所属 : 岡山大学)
野口 陽平氏 (発表時 : 京都大学, 現所属 : 京都大学)
山崎 友寛氏 (発表時 : 東京大学, 現所属 : University of California, Berkeley, 「崎」の旁は「立」)
の3名を選考しました。
受賞されたお三方に、心よりお祝いを申し上げます。
受賞論文の講評
平本 綾美氏 (発表時 : 京都大学, 現所属 : 岡山大学)
Measurement of Neutrino Interactions on Water using Nuclear Emulsion Detectors
この論文の目的は,T2K実験で行うCP非対称性測定で重要な系統誤差を抑えるため、ニュートリノと水との反応モデルの不定性を改善することである。この目的のために、3kgの水と原子核乾板のサンドイッチ測定装置(NINJA実験装置)を新たに製作した。NINJA実験のパイロットランとして反ニュートリノモードで実験を行い86事象の候補反応を取得した。これらの事象を用いて、これまで測定されていなかった低エネルギーまで陽子やパイオンの多重度,放出角,運動量などの測定を行い、パイオンの生成量がこれまで使用している反応モデルよりも少ない兆候があることなどを示した。この測定では統計量が少ないが、さらに結果をもとに本番のNINJA実験の感度の検討を行い、NINJA実験ではニュートリノ反応モデルの改良によりT2Kの系統誤差を改善できる可能性があることを示した。
決定的な物理量の測定には至っていないことは残念だが、この測定を元にして本番のNINJA実験の精度と限界を精力的に検討し、解析の指針を示している。NINJA実験の目的、T2K実験に関する物理的背景・測定精度改良の将来性の意義、パイロット実験の測定器・解析の記述は非常にていねいで分かりやすい。また、申請者が中心となって実験・解析を行ったことが読み取れる。
実験への貢献、解析のクオリティ、論文の記述の適切さ、T2Kの測定精度改良の将来性と物理的意義、などを総合的に勘案し、本論文は高エネルギー物理学奨励賞にふさわしいと判断した。
野口 陽平氏 (発表時 : 京都大学, 現所属 : 京都大学)
Measurement of Higgs boson properties using the decay channel to b-quarks follow ing associated production with a vector boson in pp collisions at √s = 13 TeV
本論文は、LHC ATLAS実験で、WH、ZH生成からのH→bb崩壊の生成断面積の測定をそれぞれ4.0σ及び5.3σの有意度で初めて行ない、Higgs粒子の種々の結合定数を測定したものである。また標準模型を超えるSMEFTの枠組みで幾つかのWilson係数に制約を与えた。Higgs粒子は標準模型の中で全ての素粒子の質量の起源となっており、それらの粒子との結合定数は結合先の粒子の質量に比例する。中でも、H→bbの結合係数の精密測定は、他の粒子の結合係数決定の精度を左右する重要なものである。本解析では、bクォークの同定およびHiggsに伴うZ/Wの識別が重要であるが、申請者は、信号識別アルゴリズムの入力にbタグ、 Zの偏極等の新しい入力を導入することにより感度を向上し、2レプトンを含むトップ対バックグラウンドをデータを使って推定することにより測定の系統誤差を改善した。本論文で示された結合の強さと質量の比例関係を示すデータの精度の向上は印象的である。申請者の実験への解析以外の貢献が読み取れなかったのは少し残念であるが、論文の記述は詳細にわたりしっかりと記述されていて非常に力作といえる。物理成果の重要性と論文の質の高さを勘案し、本論文は高エネルギー物理学奨励賞にふさわしいと判断した。
山崎 友寛氏 (発表時 : 東京大学, 現所属 : University of California, Berkeley, 「崎」の旁は「立」)
Search for Supersymmetric Partners of the Top Quark with Leptonic Signatures
本論文は、LHC ATLAS実験で、超対称性(SUSY)モデルにおけるスカラートップ (stop)粒子が直接対生成されて続いて最も軽い超対称性粒子(LSP)に崩壊する場合に、LSPが軽い場合と、ほとんどstop粒子と縮退している場合の2つのケースについて探索したものである。自然と言われるSUSYモデルではstop粒子が比較的軽いため、その場合に広いパラメーター領域が排除されたことはインパクトがある。特に、後者の場合において、低い運動量のb-ジェットを同定する方法を申請者が新規に開発し、以前の解析ではカバーされていない領域の探索を可能にしたことが高く評価される。申請者が博士過程中に携わったstop探索の2つの解析および新規開発した手法について一貫した形で的確にまとめられており、博士論文として非常に質の高いものである。また、申請者の貢献が明記されていることも評価された。それぞれの解析結果がATLASのジャーナル論文の探索モードの一つとして掲載されており、解析手法もATLASの国際会議論文として発表されていることは申請者の貢献を示すものである。以上を勘案し、本論文は高エネルギー物理学奨励賞にふさわしいと判断した。
2021年10月22日
第 23 回(2021 年度)高エネルギー物理学奨励賞選考委員会
赤井和憲、堺井義秀、末包文彦、隅野行成、手嶋政廣、林井久樹、山中卓
事務局
渡辺寛子
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