第5回 高エネルギー物理学奨励賞の選考が決定いたしましたので、お知らせ致します。
高エネルギー物理学研究者会議事務局
2003年度高エネルギー物理学若手奨励賞選考経過
審査委員
梶田隆章(ICRR)、木原元央(KEK名誉教授)、金 信弘(筑波大)、
長島順清(委員長、阪大名誉教授)、萩原 薫(KEK)、蓑輪 真(東大)
2003年度若手奨励賞応募論文は、全9編、内訳は物理実験6編(B4,SLD1、 ニュートリノ1)、測定器1、加速器1、理論1であった。 第一回選考会で、以下の選考基準の確認を行い、各論文に2名の審査員を割り当てた。
  • 博士論文を重視する。
  • 学問的な内容だけではなく書き方も評価の対象とする。
  • 論文自体の質だけではなく、本人の独創性、寄与を重視する。
  • 著者の将来性、若々しさなども評価する。
  • なるべく異なる分野から2編以内を採用する。
第2回の選考会で審査員の評価に基づき全員で議論し、以下の2編を奨励賞候補と して高エネルギー委員会に推薦することとした。
岩本敏幸(ICEPP): Measurement of Reactor Anti-Neutrino Disappearance in KAMLAND
内容
KAMLAND(岐阜神岡鉱山地下に設置した、1k-tonの液体シンチレーター 検出器)を用いて、日本各地の原子炉から来る電子型反ニュートリノフラックスを 測定した。検出方法は、νe-bar +pae+n 反応から出る陽電子と遅い中性子の陽子捕獲 によるγ線の遅延同時信号の計数である。145.1日(162ton・year)分のデータで、 予想される事象数に対し検出事象数比が2.6MeV閾値で0.611±0.085(stat)±0.041(sys) となり、世界で初めて原子炉起源の反ニュートリノ欠損を99.95%CLで発見した。 CPT不変性と2世代ニュートリノ振動仮定による解析結果で、太陽ニュートリノ問題に おけるLMA解の唯一正当性を検証した。
推薦理由
物理的価値の高さは言うまでもないが、実験の目的方法を十分把握した 上で、装置や解析の内容(バックグラウンドの考察など)が詳細に書かれていて、 本人の寄与が大きいことを伺わせるに十分である。論文自体としての質が非常に高い。 ニュートリノフラックスの不定性が2.5%と非常に小さいことが、部外者に納得できる ように描かれていないこと、シンチレーター開発の記述が少し物足りないとのコメン トはあった。LMAが唯一の解であるとする結論に対しては、エネルギースペクトルに 触れておらず、数のみで決めつけるにはいささか説得力不足であるが、奨励賞としては 十分説得力のある内容である。
中平 武(東大理): Study of CP Asymmetry in the Neutral B Meson Decays to Two Charged Pions
内容
Bファクトリー実験において、2000年1月から2002年7月の間に収集された 8.5x10^7個のBメソン対生成事象から抽出した760例のB^0aπ+π-崩壊を解析し、 99.93%の有意水準でこの崩壊でのCPの直接の破れの兆候を得た。また標準理論の 枠組みでの中でCKM三角形のφ2に対する制限を与えた。
推薦理由
BABARグループによる追認はないが、B崩壊におけるCPの直接の破れの 最初の兆候であり、またφ2に対する制限を初めて与えたということで、ホットな テーマである。論文内容の構成、論理展開が明快であり冗長性がない。物理の内容が しっかりしていて質が非常に高い。英語も優れている。Likelihood関数を使って導いた データ統計処理誤差がモンテカルロ法による評価より小さく出たことに対して、これを 定性的議論や系統誤差を恣意的に大きくすることでお茶を濁さず、各事象毎に Likelihood関数への影響を調べ特定の事象が犯人であることを突き止めたことは、 実験論文としの質の高さを示す。各章がまとまりすぎて本人の寄与が読みとりにくい こと、CPの直接の破れの兆候が見えていないBABARのデータと統計誤差内で一致する といいながら、自己のデータのみでCP直接の破れを確認したと主張する根拠の説明が 不足であるとのコメントはあったが、聞き取り調査を含め総合的に判断して、奨励賞 に値すると結論した。
総評
今年の応募論文は、質、量、共にBを含む実験関連が圧倒的であった。 従って奨励賞推薦論文は2編とも実験論文となった。実験の現状からやむを得ないかも しれないが、測定器、加速器、理論関係の人は積極的に応募してくれることを望む。 高エネルギー実験においては、本人の論文テーマの選択肢が限られていることを 考慮し、選考過程においては論文自体の内容、本人の独自性と寄与を重視した。 テーマが主流のものばかり選ぶと、主流でないテーマを持つ若者が応募しなくなり、 奨励賞の存在意義が無くなるという議論があり、これには多くの委員が賛成した。 結果的には主流テーマばかりになってしまったが、2編の選択は容易ではなく、特に 最終的に3編から2編に絞る段階で激論となった。3編を推薦したらという意見も出た ほどであり、委員として選択を強いられるつらさを感じた。もう少し本人の独自性が 見えていたならば逆転していたかもしれない。