文責:山形大学理学部 郡司修一
X線、硬X線、ガンマ線は物質と以下のような相互作用をします。
そのため、X線や硬X線の検出器を製作するという事は、
以下のいづれかの相互作用を起こす物質を用意して、その
物質からX線や硬X線の持っている情報を引き出す事を
意味します。また以下に書かれているとおり、
ペアークリエーションはガンマ線でのみ起こる現象なので、
X線や硬X線検出器では、この相互作用は使われません。
- 光電吸収
原子にX線が吸収される現象であり、原子からは電子が
放出される。X線や硬X線が光電吸収を起こす確率は、
物質の原子番号の4乗から5乗に比例する。
- コンプトン散乱
X線が原子中の電子により散乱される現象。X線はエネルギーの
一部を電子に与え、生き残る。
X線や硬X線がコンプトン散乱を起こす確率は、
物質の原子番号の1乗にほぼ比例する。
- ペアークリエーション
ガンマ線が、原子核のクーロン場と相互
作用を起こして、電子と陽電子のペアーに変換される
現象。この相互作用は、1.022MeV以上のガンマ線でしか
起こらない。ガンマ線がペアクリエーションを起こす
確率は物質の原子番号の2乗にほぼ比例する。
以下のグラフは、それぞれのエネルギーに対して、どの
相互作用が最も起こりやすいかを示した図です。
横軸がエネルギーであり、縦軸が質量減弱係数と呼ばれる
ものです。質量減弱係数が大きければ、大きいほど相互作用が
起こりやすいことを意味しています。
左図が物質がカーボンの場合で右図が
物質が鉛の場合です。
物質の種類によって若干異なるものの、この図から
分かるとおり、X線や硬X線は主に光電吸収を起こします。
そのため、多くの検出器では、
光電吸収を原理として使用しています。
X線や硬X線から物理的な情報を引き出す場合に、以下の
4つのパラメーターが重要となります。これら4つのパラメーター
を精度良く検出できる検出器は今のところ存在しません。
そのため、自分がどの情報を一番必要とするかによって、
使用する検出器を変えます。
- エネルギー情報
エネルギー情報を正確に取得するには、エネルギー
分解能の優れた検出器を使用する事が要求されます。
高いエネルギー分解能を持った検出器に必要とされる
条件は、多数のキャリアを放出するという事です。
例えば、シンチレーション検出器でX線や硬X線が光電吸収
されると、X線のエネルギーに比例した数のフォトン(光)が
放出されます。またガス検出器の場合には、X線のエネルギーに
比例した数の電子が生成されます。
キャリアとは、この様なフォトンや電子の事を指します。
検出器のエネルギー分解能の善し悪しは、このキャリア数の
統計的なふらつきに大きく依存します。キャリア数が多ければ、
この統計的なふらつきが少なくなり、エネルギー分解能の
高い検出器が製作できます。
以下の表は、1つのキャリアを作るのにそれぞれの検出器が
どの程度のエネルギーを必要とするかをまとめたものです。
検出器の種類 | キャリアの種類 | 1つのキャリア生成に必要なエネルギー | エネルギー分解能
|
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シンチレーター | 光 | 20eV程度 | 〜 25% @30keV
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ガス検出器 | 電子 | 20eV程度 | 〜20%@6keV
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半導体検出器 | 電子ホールペア | 数eV | 〜1%@10keV
|
マイクロカロリメーター | フォノン | 数ミリeV以下 | 〜0.1%@10keV
|
この表を見て分かるとおり、マイクロカロリメーターというものが
圧倒的に1つのキャリアを生成するエネルギーが小さく、
多くのキャリアを作れるのが分かると思います。
マイクロカロリメーターという検出器は、X線が入ると、
その検出器の温度が上昇し、その温度上昇でX線のエネルギーを
調べるという検出器です。極低温に冷やさなければ使用できない
という欠点もありますが、今後注目の検出器です。
また、この原理を応用してさらに高感度の
TES(Transition Edge Sensor)という検出器も
現在日本で開発されています。
- 時間情報
時間情報を正確に取得するには、時間分解能の優れた検出器を
使用する事が要求されます。高い時間分解能を持った検出器とは
X線が入射してから、信号が出てくるまでの時間が短いこと
です。ですから、シンチレーション検出器であれば、
蛍光減衰時間の短いシンチレーター(数nsec〜数10nsec)が
有利となります。また半導体検出器も応答時間が10nsec以下と
短く、工夫次第で時間分解能の高い検出器を作る事ができます。
- 位置情報
位置情報を正確に取得するには、位置分解能の優れた検出器を
使用する事が要求されます。現在最も位置分解能の良い検出器は
X線用CCDです。CCDのピクセルサイズは、現在20ミクロンメーター
角程度のものが主流ですが、10ミクロンメーターを
切るようなサイズの
CCDの開発も日本で行われています。
またCCDは半導体検出器であるため、エネルギー分解能が良く、
X線天文衛星によく搭載されている検出器です。
- 偏光情報
偏光情報を正確に取得できる検出器は、現在ほとんど
存在せず、その開発が待たれています。X線天文学では、
円偏光の測定よりも、直線偏光の測定の方が物理的に
重要であるため、ここでは、直線偏光の検出に焦点を
当てて説明します。
X線も電磁波の一種であるため、電場と磁場が交互に
振動しながら空間を伝わるという事に変わりはありません。
この電場の振動方向を偏光方向と呼びます。
この振動方向を検出するために、光電吸収を利用した
検出器と、コンプトン散乱を利用した検出器が
使われます。
- 光電吸収を使用した偏光度検出器
以下の式は、K殻の電子でX線が光電吸収された場合の
散乱断面積です。


この式を見て分かるのは、電子はX線の偏光方向に
沿って飛び出しやすいという事です。
つまり逆に光電吸収により飛び出した電子の方向を同定してやれば、
X線の偏光方向に対する情報が得られます。
この原理を使った検出器はX線領域に感度があります。
この原理を使用した最新の検出器はこのページを
見てください。
- コンプトン散乱を使用した偏光度検出器
以下の式は、コンプトン散乱の散乱断面積を示した式(Klein-Nishina
Equation)です。


この式を見て分かるのは、X線は、偏光方向に対して垂直に散乱
されやすいという事です。従って、コンプトン散乱によって
散乱されたX線の方向を同定すれば、入射X線の偏光方向に対する
情報が得られます。この原理を使った検出器は硬X線領域に
感度があります。
この原理を使用した最新の検出器はこのページを
見てください。
この2つの原理の他にも、ブラッグ結晶を使った方法等が存在します。
しかし、ブラッグ結晶を利用した方法では、ある特定のエネルギーに
対してしか感度がないので、
広いエネルギーレンジをカバーするのには向いていません。