第 21 回(2019 年度) 高エネルギー物理学奨励賞受賞者を決定しました。


安達 俊介氏 (東京大学)
仲村 佳悟氏 (京都大学)
中桐 洸太氏 (京都大学)

の3名を選考しました。
( )内は論文発表時の所属。
受賞されたお三方に、心よりお祝いを申し上げます。            


受賞論文の講評

安達 俊介 (東京大学)
Search for gluinos in final states with jets and large missing transverse momentum using 36fb-1 data observed in the ATLAS detector

 本応募論文は LHC の Run II(√s=13TeV)で得られた 36fb-1のデータを用いて、超対称粒 子グルイノ(g~)の探索を行ったものである。探索される崩壊モードはg~ → qqχ10~(Direct mode) とg~ → qqχ1±~(→𝑊±χ10~)(One-step mode)の 2 つであり、∆M = m(g ~)-m(χ10~)の大きさによって探索条件が異なる。グルイノ探索は Run I でも行われているが、探索感度を向上させるために、信号選択効率とバックグランド除去能力の向上が図られている。 前者に関しては Boosted Decision Tree (BDT)解析が導入されている。超対称粒子探索にはそれまで BDT は使用されていなかったが、グルイノの質量と崩壊、質量差に応じて 10 個の異なった BDT を準備して解析が行われた。後者に関してはクォーク由来のジェットとグルーオン由来のジェットの分離に、ジェット中のトラック数やジェットの膨らみ具合に関する指標(Wtrk) を導入するなどにより、バックグランドの排除能力が過去の解析の 2 倍に改善されてい る。これらのことから、13TeV の同じデータを使用した以前の解析と比較して m(g~) vs m(χ10~)平面におけるグルイノ排除領域を改善することに成功した。 全般的にみて論文構成が素晴らしく、また事象選択、バックグランドの評価、系統誤 差の評価、データの統計的取扱いなどの説明が論理的に記述されており、非常にわかりやすい論文に仕上がっている。

仲村 佳悟 (京都大学)
Measurement of Neutrino Oscillation with a High Intensity Neutrino Beam

 本応募論文は T2K 実験において 2017 年 4 月までに取得した J-PARC ニュートリノビームおよび反ニュートリノビームのデータを用いてニュートリノ振動測定を行ったものである。その結果, PMNS 行列の精度を上げ、95%信頼度で CP 破れの位相δCP=0 が排除されることを示した。仲村氏はニュートリノ振動測定の精密化のために、特にニュートリノビーム強度の改善とニュートリノ原子核反応モデルの不定性からくる系統誤差の評価方法の改善を行った。ニュートリノビーム強度の改善のために intra-bunch feedback system を開発してビームロスを軽減し、またビームコントロールを補正するために beta function 測定方法を確立し、ビーム強度の改善に成功した。以上のビーム強度改善の研究の一部は修士時代に行われたものであるが、素粒子実験を行う研究者が加速器ビームの改善の研究を行い、成功しているということは評価される。振動実験データの解析においては、ニュートリノ原子核反応モデルの不定性が主要な系統誤差となるが、さまざまなニュートリノ原子核反応モデルと前置検出器での散乱データの比較により、モデルの最適化を行い、モデルの不定性からくる系統誤差を軽減した。また、将来の実験における系統誤差の不定性についても、その軽減の取り組みについて、きちんと議論されている。論文の記述はよく整理されており、詳細について理解できるように書かれており、実験への貢献が明確であることが評価できる。


中桐 洸太 (京都大学)
Search for the Decay KL→π0ννat the J-PARC KOTO Experiment

 本応募論文は 2015 年に KOTO 実験が収集したデータを解析して、 KL→π0νν 崩壊を探索したものである。この崩壊は直接 CP を破る崩壊であり、標準理論で崩壊分岐比が 3 x 10-11と非常に小さく、これまで有限値は測定されていない。標準理論で予測されるレベル以上でもし有限値が測定される場合には新物理を示唆するものであり、興味深い実験である。
 本実験では、KL ビーム内に含まれている中性子が検出器に衝突して生じる背景事象を削減・理解することが最重要課題であった。背景事象で大きな寄与を持つものは、中性子がカロリーメータに直接当たってハドロンシャワーを起こし、そこでできた中性子によってさらにもう一つハドロンシャワーを起こして擬似信号を作るもの、および、カロリーメータ近くに置かれた検出器に中性子が当たって η 中間子が生じその崩壊光子がカロリーメータにあたって擬似信号をつくるものであった。中桐氏はこれらの背景事象に対してコント ロールサンプル(実データ)を用いて削減に努め、独自に開発した手法により、背景事象を削減した。その結果、崩壊比の上限値として 3.0×10-9 (90% C.L.) を得た。この結果は過去の結果(E391a や KOTO の 2013 年の結果)と比べて約 1 桁良い結果であり、現在世界最高感度の結果である。論文は実験装置のコンポーネントの説明、データ解析の条件、各種バックグラウンドの説明とその対策等が詳しく系統立てて書かれており、高く評価できる。また、この論文の内容はまとめられて Phys. Rev. Lett. 122, 021802 (2019)に掲載された。


2019年9月3日
第 21 回(2019 年度)高エネルギー物理学奨励賞選考委員会
審査委員長 住吉 孝行

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