第 25 回(2023 年度) 高エネルギー物理学奨励賞受賞者を決定しました。
松本 遼氏 (発表時 : 東京理科大学, 現所属 : 東京工業大学)
川田 七海氏 (発表時 : 東北大学, 現所属 : 東北大学)
加地 俊瑛氏 (発表時 : 早稲田大学, 現所属 : 東京大学)
の3名を選考しました。
受賞されたお三方に、心よりお祝いを申し上げます。
受賞論文の講評
松本 遼氏 (発表時 : 東京理科大学, 現所属 : 東京工業大学)
"Search for proton decay into a muon and a neutral kaon in the Super-Kamiokande water Cherenkov detector"
本論文はスーパーカミオカンデ検出器(SK)により陽⼦がミューオンと中性K中間子へと崩壊する現象を探索した実験研究である。GUTの検証は今日の素粒子物理学における最も重要なテーマの一つであり、その直接の証拠となる陽子崩壊の測定は重要である。中性K中間子の崩壊点と陽子崩壊点は異なるため、既存の事象再構成アルゴリズムを改良し、異なる発生点の荷電粒子の測定精度を向上することに成功した。この改良やK中間⼦の散乱モデルの更新などにより、このモードで過去の探索より2倍以上の測定感度で探索を実現できた。統計的に有意な信号事象は観測されなかったが、世界で最も厳しい寿命の下限値を与えた。主解析は2008-2018年の期間に収集した、いわゆるSK-IVデータで行ったが、それまでのデータをすべて使った解析も行い、90% CLで3.6×1033 years(SK-I+II+III+IV)の下限値を得た。物理成果の重要性と本人の解析向上への貢献を勘案し、本論文は高エネルギー物理学奨励賞に相応しいと判断した。
川田 七海氏 (発表時 : 東北大学, 現所属 : 東北大学)
"Spectroscopic measurement of geoneutrinos from uranium and thorium with KamLAND"
本論文は、大型液体シンチレータ検出器KamLAND による地球ニュートリノ観測である。地球ニュートリノの存在を示し(null hypothesisを8.3σで否定)、地球モデルの弁別を世界で初めて実現し、マントル対流様式に対して新たな知見をもたらした。東日本大震災による国内原子炉停止期間を活用し、情報を得るのに困難も伴う国外原子炉を含む原子炉ニュートリノ背景事象見積もりを精緻化することでバックグラウンドの推定を行うという努力の結果である。素粒子物理学と地球物理学の境界領域に貢献し、地球内部の構造についてこれまで地震波の間接情報しかなかったところ、地球深部のトリウムとウランから発生するニュートリノを通して直接信号を観測することを実現し、地球モデルの選別に指針を与えたことの貢献は大きい。測定精度を高めるための検討や長期運転の安定性の改善にも真摯に取り組んでいる。以上により、本論文は高エネルギー物理学奨励賞に相応しいと判断した。
加地 俊瑛氏 (発表時 : 早稲田大学, 現所属 : 東京大学)
"Search for long-lived charginos based on a disappearing track signature in pp collisions at √s = 13 TeV with the full Run-2 ATLAS data"
超対称性粒子の探索は素粒子物理学の最重要課題の一つである。本論文は、暗黒物質の残存量の測定と未探索領域から支持される超対称性ウィーノ及びヒッグシーノLSPに着目して、LHCのATLAS 実験で長寿命チャージーノの探索を行った。Run-2 で取得した全データに対して、短い特殊飛跡(ピクセル飛跡)を用いる、通常とは異なる困難な解析を行った。取得データ量が増えたことに加え、消失飛跡の制限を緩めてアクセプタンスを広げる一方で、カロリメータの情報を用いてバックグラウンドを落とすなど、解析手法に新しいアイデアを取り入れ、求めるチャージーノ生成断面積のセンシティビティを以前の解析の5倍にした。チャージーノ崩壊に伴う消失飛跡は検出できなかったが、チャージーノ質量に対し、LSPが純粋ウィーノの場合660 GeV/c2、LSPが純粋ヒッグシーノの場合210 GeV/c2の下限値(95% CL)を与えた。また、信号を発見した後を想定したチャージーノ質量の再構成法の原理的な検証を行い、5事象の観測によって約100 GeV/c2の質量決定精度をもつことを示した。この点は今後の探索に対する展望を与え、将来の検出器設計を行う上で重要である。以上を勘案し、本論文は高エネルギー物理学奨励賞に相応しいと判断した。
2023年10月13日
第 25 回(2023 年度)高エネルギー物理学奨励賞選考委員会
片山伸彦、小林富雄、佐川宏行、瀧田正人、徳宿克夫、古川和朗、林青司
事務局
田中純一
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