第 19 回(2025 年) 日本物理学会若手奨励賞受賞者を決定しました。
稲田 知大氏
宇野 健太氏
森永 真央氏
の三名を選考しました。
受賞されたお三方に、心よりお祝いを申し上げます。
受賞論文の講評
稲田 知大氏
"LHC-FASER実験における衝突型加速器起源ニュートリノの初観測"
Phys. Rev. Lett. 131, 031801, (2023)
本論文は、LHC加速器のATLAS衝突点の超前方に設置されたFASER検出器を用いて、粒子衝突実験で生成されたニュートリノの検出結果を報告したものである。本論文では半導体トラッカー(SCT)を使用してミューオンを同定し、トラックの軌跡やエネルギー損失を丁寧に解析に用い、バックグラウンド数の推定にも巧妙な工夫を行った。その結果、荷電カレント反応と無矛盾なイベント153個を選別した。この結果は同じくFASERコラボレーションによる2021年の論文に比して統計量も増え、より定量的で確実な結果である。候補者はSCTやスペクトロメーターの解析において中心的な役割を果たし、本論文でも、候補イベントとバックグラウンドについて、シミュレーションを用いて運動量や角分布などを比較して、選別の正しさを裏付ける重要な貢献をした。
以上より、本論文は日本物理学会若手奨励賞にふさわしいと判断した。
宇野 健太氏
"Belle実験における荷電レプトン非保存崩壊τ→l𝛾探索"
Journal of High Energy Physics 2021, 19 (2021)
荷電レプトンフレーバー非保存（CLFV）は、標準理論においてはニュートリノ振動を介してO(10-40)の確率でしか発現しないと予測されるため、BSM物理の兆候を探索するための良いプローブと考えられている。本論文は、Belle 実験で収集されたU(nS)のオンレゾナンスおよびオフレゾナンスを含む積分ルミノシティ988 fb-1に相当する全衝突データを用いた𝜏レプトンのCLFV崩壊𝜏 → l𝛾過程の探索結果である。探索の対象となっτペアは912x106となり、電子陽電子衝突実験における世界最大のサンプルと考えられる。宇野氏はこのサンプルを最大限に活かすべく、先行のBelle実験における解析を見直し、事象選別の最適化や2体崩壊のトポロジーに着目した新たな選別条件を導入するなど解析手法を洗練して、発見感度を約2倍改善させた。また、先行研究で懸案となっていた実システムの光子エネルギー分解能評価を𝑒+𝑒- →𝜇+𝜇-𝛾過程を用いて丹念に行い、解析の高度化にも成功した。10億ペアに及ぶ今回の𝜏サンプルをもってしても、残念ながらCLFV崩壊の発見には至らなかったが、その分岐比に対して現時点において世界で最も強い制限を課すことができた。本研究においては、データの解析に始まり、検出器データの再評価から論文執筆、投稿に至るプロセスまで全てが宇野氏のリードによって進められており、氏の若手研究者としての資質と力量がはっきりと示されたものと考えられる。
以上より、本選考委員会は本論文とその第一著者である宇野健太氏は日本物理学会若手奨励賞にふさわしいものと判断した。
森永 真央氏
"ATLAS検出器における消失飛跡信号を用いたチャージーノの探索"
Eur. Phys. J. C, 82, 606 (2022)
本論文の目的はATLAS測定器によって収集された衝突エネルギー13TeVのデータを使って長寿命のチャージーノを探索することである。崩壊前のチャージーノによる短い軌跡と大きな運動量欠損が主な特徴となる。生成過程としては、電弱プロセスによるチャージーノ直接生成とグルーイーノの崩壊によるチャージーノ生成の二つを仮定し、電弱プロセスではチャージーノの質量とその寿命の２次元空間において、そしてグルーイーノの崩壊では、チャージーノの寿命を仮定した上で、チャージーノ質量とグルーイーノの質量の２次元空間において、それぞれ95%除外領域を与えている。ATLASによる前回の同様の探索に比べて4倍近いデータを使用し、解析に改良を加えることで結果は有意に改善されている。解析では短い軌跡の再構成と背景事象の除去、そして統計処理が重要となる。ATLASの標準のトラッカーでは短い軌跡の再構成ができないため、別途この解析に特化したトラッカーが必要である。申請者は短い軌跡の再構成とカロリメータ情報を使った背景事象の除去に重要な貢献をしたことが申請者本人及び推薦者の記述から見て取れる。また、統計処理においても明らかな貢献をしたようである。
以上から、本論文は日本物理学会若手奨励賞にふさわしいと判断した。
第 19 回(2025 年)日本物理学会若手奨励賞選考委員会
久野良孝(委員長)、岡田安弘、神田展行、末次祐介、幅淳二、山本均
事務局
吉岡瑞樹
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