第 27 回(2025 年度) 高エネルギー物理学奨励賞受賞者を決定しました。


三野 裕哉氏 (学位授与機関 : 京都大学, 現所属 : 東京大学)
杉崎 海斗氏 (学位授与機関 : 東京大学, 現所属 : University of Pennsylvania)
鷲見 一路氏 (学位授与機関 : 名古屋大学, 現所属 : 株)アイシン)

の三名を選考しました。
受賞されたお三方に、心よりお祝いを申し上げます。            


受賞論文の講評

三野 裕哉氏 (学位授与機関 : 京都大学, 現所属 : 東京大学)
"Search for higgsinos with compressed mass spectra using low-momentum mildlydisplaced tracks with the ATLAS detector"

 超対称理論においてダークマター候補となるヒグシーノの荷電粒子と中性粒子の質量が縮退するシナリオは現象論的に大変有望とされているが、質量差がGeV以下と小さい場合はハドロンコライダーでは難しく、その探索はこれまで電子・陽電子コライダー実験のみ可能で、低い質量上限しか得られていない。この論文では荷電ヒグシーノが比較的⻑寿命であることに注目して、衝突点からわずかにずれた位置から出てくる低運動量パイオンを捕えることで、ATLAS 実験での探索を可能とした。共同研究であるが、パイオン再構成やバックグラウンド推定など、鍵となる解析は応募者が新たに手法を開発して行なったものと考えられる。その結果、LEP実験を上回る実験感度を達成した。残念ながら発見には至らなかったが、研究のオリジナリティや本人の貢献度は高く、分野内での研究の位置付けや実験装置に対する理解も十分である。
 そのため本論文は高エネルギー物理学奨励賞に相応しいと判断する。

杉崎 海斗氏 (学位授与機関 : 東京大学, 現所属 : University of Pennsylvania)
"Search for higgsinos with compressed mass spectra in final states with low-momentum leptons using 140 fb-1 of proton-proton collisions at √s = 13 TeV"

 本論文は、LHC加速器を用いたATLAS 実験のデータを用い、超対称性粒子でダークマター候補である中性ヒグシーノについて、荷電ヒグシーノとの質量差の小さい場合の探索に取り組んだ研究であり、これまで解析が困難であった質量差 1–2 GeV の領域に独自の手法で挑戦し、世界で初めての結果を示した。残念ながらヒグシーノ発見には至らなかったが、本研究によって初めてすべての質量差領域の解析ができるようになり、大きな意義がある。特に、低横運動量電子の同定手法を新たに構築し、従来の探索範囲を拡張したことは、著者の高い独創性と技術力を示すものである。また、機械学習など最新の解析手法を適切に導入し、複雑なデータ解析を的確に遂行した点も高く評価できる。大規模な共同研究体制の中で、本研究を著者が主導して進めており、貢献度は大きい。論文は、動機付けから解析手法、結果に至るまで論理的に整理され、わかりやすく記述されており、博士論文としての完成度は非常に高い。
 以上から、本論文は高エネルギー物理学奨励賞に相応しいと判断する。

鷲見 一路氏 (学位授与機関 : 名古屋大学, 現所属 : 株)アイシン)
"Study of Low-Emittance Muon Beam Acceleration for the J-PARC Muon g-2/EDM Experiment"

 本論文は、J-PARCにおけるg-2 / EDM 実験の実現に向けて、低エミッタンス・ミューオンビームの生成技術の開発と実証に取り組んだものである。レーザー共鳴イオン化によるミューオン冷却と高周波四重極線形加速器(RFQ)による再加速を組み合わせることで、世界で初めて低エミッタンス・ミューオンビームの生成に成功しており、これは極めて画期的な成果である。特に、ビーム強度が非常に小さく統計的に困難な状況においても、ビームエミッタンスを定量的に測定し、冷却および加速の効果を明確に示した点は高く評価される。さらに、加速器の終段にあたるDisk-Loaded Structure(DLS)加速管の設計・シミュレーション・試作・高周波評価までを一貫して実施し、設計通りの高周波性能を実現したことも示されている。著者が研究の中核をなす設計・実装・解析のすべてにおいて実質的かつ主導的な役割を果たし、加速器工学、ビーム物理、データ解析にまたがる幅広い知見を横断的に活用しながら世界初の成果を導いた点は特筆に値する。
 よって本論文は高エネルギー物理学奨励賞にふさわしいものと判断する。


2025年10月6日
第 26 回(2025 年度)高エネルギー物理学奨励賞選考委員会
伊藤領介、川越清以、田島宏康、増澤美佳、森俊則、大野木哲也
事務局
⻑⾕川豪志

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