第 20 回(2026 年) 日本物理学会若手奨励賞受賞者を決定しました。


飯澤 知弥氏
市川 豪氏
木村 眞人氏

の三名を選考しました。
受賞されたお三方に、心よりお祝いを申し上げます。            


受賞論文の講評

飯澤 知弥氏
"ATLAS実験におけるボトムクォークとτレプトンに崩壊する第三世代レプトクォーク対生成事象の探索"
Eur. Phys. J. C, 83, 1075 (2023)

 表記の論文は、b クォークおよびτ レプトンに崩壊するスカラー型およびベクトル型レプトクォークのLHC-ATLAS実験における探索結果である。レプトクォークは、大統一理論など標準模型を超える理論において現れる粒子であり、その存在を直接探索することは、理論の実験的検証において極めて重要である。ATLASは2019年に同様の解析を発表しているが、Run2の全データを使い解析手法に改善を加えている。本研究において、τレプトンの崩壊モードの異なる2つのチャンネルについて、統合的に解析を進めて最終結果を導出している。また、トップクォーク生成事象からの背景事象を詳しく解析して、詳細な理解に基づいた評価を実施した。これら多角的な改良により、特にスカラー型レプトクォークの質量制限は、従来の1.00 TeVから1.46 TeV へと大きく拡張された。飯澤氏は第三世代レプトクォーク専門の解析グループを立ち上げ、解析戦略の設計、背景事象の見積もり、系統誤差の評価、統計的手法による上限値導出まで、解析全体を牽引した。これらの結果は、飯澤氏の卓越した解析能力と研究推進力を示すもので、リーダーシップおよび協調性にも優れている。
 以上の理由から、本論文は日本物理学会若手奨励賞にふさわしいと判断する。

市川 豪氏
"パルス中性子ビームを用いた中性子ウィスパリングギャラリー状態の測定"
Phys. Rev. D 111, 082008 (2025)

 音響的なささやき声がセント・ポール大聖堂のドームの壁の周りの空気を伝わっていくという、回廊波(ウィスパリングギャラリー波)は100年以上前、レイリー卿が発表している。一方で、重力を用いて超冷中性子の鏡面に束縛された状態を測ったという、先行研究がある。本論文では、先行研究の重力を遠心力で模擬して冷中性子の量子状態を調べている。これによって、量子力学の検証、仮想的な短距離相互作用の探索を模索している。具体的には、凹面状の鏡に超斜入射でパルス冷中性子を入射し、その鏡面上で反射されながら伝わっていくときに感じる遠心力で重力を置き換えている。これにより、パルス中性子で、neutron whispering gallery state を初めて測定した。まだ理論を逸脱する結果は得られていないが、着眼点が面白く、少人数でエキサイティングな実験結果に辿り着いている。将来の重力の基礎的な実験に繋がる興味深いステップであり、続編が期待される。
 以上より、本論文は日本物理学会若手奨励賞にふさわしいと判断した。


木村 眞人氏
"DarkSide-50実験における季節変動による暗黒物質探索"
Phys. Rev. D 110, 102006 (2024),Journal of Instrumentation, Volume 19, P05057 (2024)

 DarkSide-50は二相式液体アルゴンTPCを用いた暗黒物質直接探索実験である。前者の論文では、従来0.5 keVee程度であった季節変動探索の閾値を大幅に引き下げ、0.04 keVeeという世界最低値での探索を実現した結果を報告した。季節変動は観測されなかったが、極めて低い閾値で探索を可能にした点は大きな意義を有する。この成果は、長年議論の的であるDAMA/LIBRAの結果を肯定も否定もするものではないが、NaI(Tl)結晶とは異なる標的を用いた独立の検証として重要である。後者の論文では、検出器の動作パラメータを約2年半にわたり評価し、その不定性が季節変動探索に与える影響が統計誤差より小さいことを示し、前者の研究の基盤を提供した。申請者は博士号取得後に本実験に参加し、解析の提案からデータ解析、論文執筆に至るまで主導的に遂行した。特に、検出器の安定性評価とその影響の定量化、時間変動を考慮した背景事象モデルの構築、系統誤差の評価を主体的に進めた点は特筆すべきである。両論文は、精密な背景事象モデルの構築と長期安定運転の定量評価を通じ、二相式液体アルゴンTPC技術の競争力を示す重要なマイルストーンとなった。これらの成果は、今後の大規模二相式液体アルゴンTPCによる暗黒物質探索の進展を大きく促すものである。
 以上の理由から、本論文は日本物理学会若手奨励賞にふさわしいと判断する。


第 20 回(2026 年)日本物理学会若手奨励賞選考委員会
幅淳二(委員長)、岩下芳久、岡田安弘、窪秀利、蔵重久弥、山本均
事務局
阿部哲郎

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